外人の目で見れば日本のおかしさが良くわかるようです。日本人は自分たちの状況を勘違いしてきました。
 日本の大問題! 日本で活動をしてきたフランス人 ベルナール弁護士

 日本の検察や特捜の問題は、これまでほとんどの日本人は気づいていませんでしたが、とても根が深く、また幅広い問題です。わたしはこの問題の根源は、1;法的枠組み 2;法曹会の構造 3;マスコミ 4;外圧 の4つがあると考えています。

1;法的枠組み
 まず、法的な枠組みからお話ししますと、日本の憲法では三権分立が謳われており、検察はわれわれと同じように、検察庁法により法務大臣の指揮監督を受ける、一行政機関として位置づけられています。しかし、この検察庁法や刑事訴訟法は同時に、検察が自ら捜査したり、警察の捜査を指揮する法的根拠を与えています。われわれにとってはビックリですが、法律がそうなっているんです。

 しかも、さらに驚くことは、検察は被疑者の身柄を最大22日間にわたって警察の留置所に拘束し、弁護人の立会なしに被疑者を取り調べることができます。被疑者はこれを拒む権利がありません。
 加えて、日本の検察は起訴便宜主義をとっているため、起訴するかしないかの判断は基本的に検察官に委ねられています。このため、検察官は尋問の際、この判断を威嚇として使いながら証言を自分たちに有利な方向へ誘導することが指摘されています。これは特に、本命の被疑者を有罪に持ち込むために、証人に対して行われています。

 また実際、自白しないのなら家族を起訴するぞと脅したり、証人に対して、検察に有利な証言をすれば起訴しないなどと脅迫めいたやり方で尋問が行われている問題が頻繁に報告されています。
 
 なぜ、そのようなことが可能かというと、これは日本に独特の極めて不公正と思われる慣習なのですが、日本の裁判では、被疑者が公判で供述を翻して無実を訴えた場合、裁判官は通常、自白があるという理由だけで調書を信用するのです。
 このため、日本では起訴された99%以上が有罪になるという、われわれにとっては信じがたい「調書裁判」というのが行われています。検察官の立場からは、自分たちに有利な調書さえ取ってしまえば、ほぼ有罪が確定するため、無理なことをしてでも、自白をとろうとするわけです。

 さらに日本では、裁判で起訴事実を否認し続けると保釈を認めないという「人質司法」という実務の運用がなされています。このため、被告人としては長期間にわたって身柄を拘束されるという危険性を覚悟しなければ、無罪主張すらできないという状況にあるのです。 本当に信じがたいことですが・・・。

2;法曹会の構造
 2つ目の問題は、日本の法曹会の構造的な問題です。検察は、法律上は国家行政組織法の定めるところの法務省の「特別の機関」であり、法務省の傘下にある一組織です。
しかし、実際には、法務省の主要な部局は検察官が占めているため組織関係は逆転しているのです。

 また、通常日本の役所では事務方トップは事務次官ですが、法務省だけその上に最高検の次長、東京高検長、検事総長と、検察官が占める3つのランクがあるのです。つまり、法務省は、検察官が仕切っているのです。
 そして、さらに重大なことは、裁判所との癒着です。日本では、検判交流といって、一定期間 裁判官が検察官になったりするなど、検察官と裁判官の人的交流が行われており、これが癒着を生む温床となっています。
 また、日本の役所では、天下りは非常に重要なことですが、裁判官の退職後の天下り先は、実は検察官が世話をしているのです。このほか、何かにつけ検察の主流が資金を作って、裁判官の面倒を見ているのです。

 一方、日本での立法過程は役人に丸投げ状態で、国会は役人から上がってきた文章のチェック機関としてしか機能していません。法務省の場合、民法、刑法、商法の基本法制の立法にかかわる法案作成に携わっていますので、少なくともこれらの法律に関するマターでは、実務上、三権が日本における99%以上の有罪率もこれによって支えられているわけですね。

3;マスコミ
 3つ目の問題は、これも闇の深い問題ですが、マスコミの問題です。日本には記者クラブというクラブがあり、政府の取材は系列を考慮すると、たった8社が独占的に行っています。
 記者クラブは、欧米諸国にあるプレスクラブのような交流を目的としたクラブとは異なり、非常に排他的な組織で、大手メディア以外、雑誌社やフリーの記者などは基本的に入会できません。
 日本のメディアはこの既得権のために、競争原理がはたらかず、大手メディアは政府の事実上の宣伝部門と化しています。日本のメディアが政策論をほとんど報道せず、大衆紙のように政局だけをおもしろおかしく報道しているのはこのためです。報道内容は非常に低レベルです。

 検察取材を担当する司法記者クラブの場合、この問題はさらに深刻です。
日本の新聞が最も恐れるのは「特落ち」といって、他社が報道している特ダネを自社だけ逃がすことです。これは記者や編集部にとっては死活問題です。
検察はこれをよく知っていて、自分たちが伝えたい通りにマスコミが伝えないときや、自分たちに不利な情報が流れると、情報をわざとそのメディアの記者に伝えなかったりするなどの嫌がらせをおこない、メディア全体をコントロールしているのです。
 最近では、検察に批判的な非常に人気が高かった政治番組「サンデープロジェクト」という番組が、検察から嫌がらせを受けた親会社・朝日新聞からの圧力によって、終了に追い込まれるということもありました。

 検察は、メディアから守られるなか、被疑者を起訴する前に一方的に不利な情報を流し続け、全国ネットを使って悪者のイメージを作り上げます。
 これは日本では本当にひどい人権問題です。推定無罪という民主主義の原則は、全く無視なのです。メディアは、情報源を語りませんので、被疑者は言葉の暴力を受け続けるほかないのです。

 日本では、メディアは本来 果たすべき権力をチェックする役割を果たしていないということですね。メディアは、戦前の反省をしたはずだったのに、戦後も全く変わっていないのが実情です。
 本来であれば、メディアと一体になった裁判前の社会的抹殺が横行するのであれば、民衆にとっては、「バスチューユ監獄襲撃」だけが残された最後の手段だと言えそうですが、どういうわけか日本人は、全く気づいていないようです。

 もう一つ、メディアが悪いのは、一行政作用である検察や特捜に対して、司法機関としてのイメージを作り上げ、本来、国会やメディアからチェックを受けるべきものを、タブーとして世論を操作していることです。
 準司法機関といえども、行政作用である以上、政治的であることは完全には排除できません。こんな当たり前のことが日本では通らず、検察や特捜は正義の執行者として祭り上げられているのです。

4;外圧
 それから最後の4つ目の問題は、アメリカからの外圧の問題です。
これはあまりにも大きな驚きですが、日本は独立国であるにもかかわらず、その司法機関や検察がアメリカからの非常に大きな影響下にあるのです。
 もともと特捜は、GHQが日本軍の隠し資産を探し出すために組織した部署です。
GHQは、民主主義国家機関としては強力すぎる検察が、戦前より持っていた捜査権を取り上げようと考えていたのですが、米国が日本をコントロールするのに都合がいいことが分かり、残しておいたのです。
以降、アメリカとの関係は密接で、現在でも出世組は一等書記官として必ずアメリカに外交官として駐留し、この間さまざまな関係を深めています。

 アメリカに黙って中国との国交正常化を行った故・田中角栄総理や第7艦隊以外の不要論や米軍基地削減を唱えた総理就任直前の小沢一郎民主党代表は、アメリカの指示といわれる特捜の捜査によって政治生命が絶たれているのです。

 圧力は、検察だけではありません。何と、裁判にも及んでいるのです。例えば、有名な砂川事件(米軍駐留の違憲裁判)では、駐日米国大使が、最高裁判所の判事と直接面会し、指示をしたことがアメリカで開示された構文書で明らかになっています。日本ではほとんど報道されませんが、こうした公文書がアメリカでどんどん開示されているのです。
 
 このほかアメリカは、読売新聞の元経営者であり、メディアや政治に多大な影響を及ぼしてきた正力松太郎氏が、最近、米国で公開された公文書で、PODAMというコードネームのエージェントだったと明らかにされるなど、想像もつかないような非常に幅広い情報戦を行っています。

余談ですが、マッカーサーが日本を去るとき、当時の吉田茂首相に言った最後の言葉とは、「貴方はグッド・プライムミニスター(首相)だ。でも、悪いけど、日本人の魂は抜かしてもらうよ。グッドバイ」だったそうです。 
 アメリカにコントロールされていても、それに気づこうともしない多くの日本人を見ていると、本当に魂を抜かれてしまったようにさえ見えます。 
 
 最後にですが、この問題を解決するには、まずマスコミが戦前、政府と一緒になって戦争をあおったことを真に反省し、真実を伝えることが大事だと思います。そのためには、一刻も早く記者クラブを廃止することが必要ですね。回り道かもしれませんが、これしか方法はないと思います。